はじめてづくしの出発の日 [2005年9月3(土)]

ぼくは生まれてから30年以上が経つが、とにかくただの1度も空港を利用したことがない。空港に行ったことはあるが「利用」したことはないのだ。それはつまり、旅客機を利用したことがないということでもある。経験がなかったり浅かったりする事柄については入念にイメージトレーニングを積んでおかないとひどく緊張してしまうぼくは、飛行機での渡航という未知への期待3割、怖れ7割くらいの心持ちで故郷を発った。

ぼくはもともと鬱病とパニック障害を持っていて、10年近くそのための薬を服んでいる。しかし、1箇月ばかり前から減薬を開始し、2週間前にはまったく服まなくなった。手術のためである。どんな薬が術後の回復を妨げたり手術自体を阻んだりするかも判らないので、すべての薬を断たなくてはならない。
薬を服まない日が続いているため、ぼくの精神面はとても不安定だった。

こういうときは大抵「会話」というものが面倒になっている。億劫、と言うよりは恐怖に近い。言葉が思うように口から出ない状態でもある。だから可能な限り他人に話し掛けたり話し掛けられたりは避けたいのである。
だが、先ずは航空会社のカウンタに待機しているお姉さんに話し掛けなければ、飛行機に乗ることすらできない。10分ほどロビーをうろうろした後やっと決心して、ぼくはJALのお姉さんに航空券(e-チケット)を見せて搭乗券を発行して貰った。

搭乗券を貰ったら、荷物を預けるか否かを訊ねられる。ぼくが背負っていった荷物は7.3kgほどの重さがあったが、この程度なら機内に持ち込めない大きさではない。しかし座席の頭上にある荷物棚に上げるには些か重すぎるかと思い、預けることにした。
後で思えば、持ち込んだ方がよかった。ドンムアン空港(バンコク国際空港)到着時に、預けた荷物の受け取りに長い時間を取られてしまったからだ。長旅で疲れた上にうまく言葉が通じない場所で、なかなか現れない荷物を30分以上も待って、荷物が失われたかもしれない不安に苛まれるくらいなら、多少重くても持ち込むべきだったと思った。

荷物を預けたら、次は出国審査を受ける。先ずはセキュリティチェック。機内に持ち込む手荷物と自分自身をX線検査機に通す。手荷物は無事に通過したが自分が引っ掛かる。
おれはやっぱり国外に出してはいけない危険物だったのか。
などと思っていると係員女史が、靴を脱いでもう1度X線検査機のゲートをくぐるようにと指示をくれた。貸してくれたスリッパに履き替えると無事通過。靴がいけなかったらしい。

長年履き続けるドタ靴

これが出国審査に引っ掛かった靴。10年以上履いているG.T.ホーキンズ。
金具が金属探知器を鳴らしたらしい。しかし、タイの入国や出国では引っ掛からなかった。日本の入出国審査が他国に比べて厳しいということがよく判る。

さて、無事に出国審査を通過したが不安である。ほんとうにおれを他所の国に出してもいいんですか。思ったが口には出さずに移動。パスポートチェックもさらりと通過。性別記載で引っ掛かってもおかしくなさそうだが、何も言われない。
ぼくの同級生が入国管理官をしていたことがある。その人が言っていた。「入国管理官は写真と本人の照合以外は碌にパスポートを見てはいない」と。その通りなのかもしれない。

手続を一ト通り終えてしまったら、あとは飛行機に乗るだけだ。モノレールに乗って搭乗ゲートへと向かう。免税店で買いものをしたり売店でコーヒーや軽食を摂ったりもできるが、ぼくには必要ない。出発まで2時間ほど待たなくてはならなくてまだ誰もいない搭乗ゲート前ロビーで時間を潰す。
ロビーの大きな窓からは搭乗予定の機体が見える。見上げるほどの巨大な機体だ。ジャンボジェットとはよく言ったものだ。
なめらかな曲線が描き出す胴体の両側には固定翼が伸びていて、左右の翼の下面にはそれぞれ2機の推進機が付いている。機体の巨きさよりも、ぼくは推進機の巨大さに驚いた。うっかり近寄ると人ひとりくらいなら簡単に吸い込まれ噛み砕かれてしまうのだろう強大さと獰猛さを感じる。この推進機が巨きな機体を地面から浮き上がらせて空を進ませるのだと思うと、ひどく昂奮した。自分の鼓動を聞いた気がした。

搭乗機はJL727便。1855時搭乗、1950時滑走開始。予定より25分遅れの離陸。
滑走をはじめた機体の外はすっかり陽が落ちてしまっていて、滑走路の誘導灯の青色がとてもきれいだった。青色が次々と窓の外を走ってゆく。やがて、ふわっと身体が宙に浮くような感覚が一瞬だけ、やってくる。
続いて、足の裏が床面に、身体が座席に強く押しつけられる。重力。窓の外には街の灯が明らさまに斜めになって並んでいて、それが見る見るうちに小さくなり、眼下に広がる。推進機の低い唸りが機体を振動させている。
―――これが「飛ぶ」ということか!
そう思った途端に、ぼくの眼から大きな粒の涙が2〜3粒立て続けにこぼれ落ちた。こんなところで急に泣くなよと自分で思ったが、止まらない。巨大な機体が強大な推進力によって宙に浮くことの wonder が、ぼくの感情を大きく揺さぶっていた。

機長は日本人、キャビンアテンダントは総員21名のうち14名が日本人、7人がタイ人だと機内アナウンスが教えてくれた。タイ人のアテンダントもきれいに日本語を喋っていて、まともに母国語も話せない若者が沢山いる国から来たぼくは何だかそれを恥ずかしく思った。
離陸直ぐにアテンダントがジュースを配ってくれて、機内のTVにはNHKニュース(録画)を流してくれる。機体が上昇を終えて水平飛行に移ると至って機内は静か。ピッチング(前後の揺れ)はほとんどなく、小さなローリング(左右の揺れ)が小刻みに続く。電車に乗っているくらいの振動があるだけだ。

離陸後約1時間くらいで、機内食が供される。和食か洋食を択ぶことができる。ぼくは洋食を択んだ。

はじめての機内食

洋食と和食ではメインディッシュだけが違う。洋食はビーフシチュー。旨い。デザートまですべて愉しませて貰う。和食を択ぶとホキの西京漬けと高菜御飯が出てきたらしい。タイに向かう機内では、洋食の方が人気があるようだ。

機内食を食べてしまうと、あとはすることがない。機内の照明も落とされてしまう。ぼくがすわった座席は隣りが空席だったので、肘掛けを上げてしまって横にならせて貰った。気圧の変化のためか、いつも感じている鬱による頭痛とは違う疼痛が前頭部両眼の上2点にある。いつもの頭痛に比べれば軽いものだが、できるだけ楽な姿勢を取ることにした。
機内ラジオの、80年代〜90年代の邦楽を特集したチャンネルを聴く。ナビゲーターが日本語と英語の両方で曲紹介をして、よく知った曲が流れていた。番組のおしまいにナビゲーターが「御相手はパトリック・ハーランでした」と名乗っていた。パトリック・ハーランというと漫才師「パックンマックン」のパックンの本名と同じだが、本人だろうか。

照明が落ちた機内で横になって眼を閉じていたが、眠れなかった。ぼくは眠剤を服まないと眠れないのだ。勿論、この2週間は眠剤も断っていて、だから幾分睡眠不足のはずなのだけれど、それでもやっぱり眠れない。
2400時頃、機長からアナウンス。43分後に着陸予定だが、バンコク上空は積乱雲があるため揺れるかもしれない、と。いまのうちにトイレを済ませておくようにとも。この30分ほど後に、窓外に稲妻が見えるようになった。夜のフライトは窓外が真っ暗でまるで地下鉄に乗っているようだったが、時折走る閃光を闇の中に垣間見ると、雲の中を飛んでいることが判った。
間もなくシートベルト着用の指示が出る。起き上がってそのようにした。

窓の外、下の方から光の海が現れて、街が近付いていることが判る。窓を水滴が幾つも打ちつけて、雨が降っているのだと知れる。ときどき稲妻も走る。だが機体はそれほど揺れなかった。
午前1時、バンコク市郊外のドンムアン空港に到着。日本との時差は2時間。だから、バンコクはまだ午後11時だ。

飛行機を降りると、母国語は何処にもない。英語だけが頼りになる。タイの文字はとてもグラフィカルで、慣れないぼくは「文字」として認識できない。模様のように見えてしまう。英語は、眼で見る限りは「言葉」として認識できる。
入国審査は長く並んだものの審査自体は直ぐに終わった。先にこの国で手術を済ませた友人(FTM)が、入国審査のときに「Are you a man or woman?」と詰問されて別室へ連れて行かれたという話をしていたので自分にも同じことが起こるかもしれないと思っていたのだが、あっさり通過できた。

預けた荷物を30分ほど待ってやっと受け取り、迎えに来てくれているはずのA社の現地ガイドN氏を探す。人を探すのが苦手なぼくは、やはり1回見逃してしまって、少しだけだが到着ロビーをうろうろした。
N氏は日本語が喋れる。合流して直ぐに「よろしく御願いします」と挨拶をした。「バンコクは暑いね」と笑ってくれる。確かに雨が降ったばかりのバンコクは、少し蒸し暑かった。飛行機を降りる頃に降っていた雨は、空港を出る頃にはやんでいた。

自動車で小一時間ばかり走って、バンコク市街にほど近いロイヤルリバーホテルに送り届けて貰う。翌朝10時にフロントロビーで待つように指示を貰って、N氏と別れる。機内ではすわっているか横になっているかのどちらかでしかなかったのだけれど、ぼくはとても疲れていた。目眩がある。ホテルの部屋に案内して貰って直ぐに風呂に入った。風呂にはやたら大きくて明るい茶色のゴキブリがいたけれど、気にしている場合ではなかった。早く汗を流して水を飲んで、横になりたかった。
風呂のカランを捻ると茶色い水が出てきた。この程度のことを気にするようでは旅などできないことは判っているつもりだ。出てくる水がきれいになるまで待って風呂に入った。

 

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