入院第2日(ペインフリー) [2005年9月5日(月)]

TVを点けっ放したまま、短くうとうとしては目覚める、というのを繰り返して朝を迎える。痛みはひどくはないが少しでも腹筋に力を入れると縫い合わせた術創が弾けてしまうのではないかという恐怖心が先立って、身動ぎもできない。枕の上で首を左右に転がすだけが精一杯。
そんな中、朝早くから看護師ふたりが清拭してくれる。固く絞ったタオルで全身を拭ってくれて、パウダーを塗ってくれる。身体を動かせないからベッドにぐったりしたままで。排尿用チューブが刺さっている局所もきちんと浄めてくれる。脱がなくてもそれができる円筒スカートはやっぱり便利なのだと思った。
新しい入院着に着替えさせてもくれた。身体を動かせない患者を着替えさせる手順もやっぱり慣れているようだし、看護師は常にふたり組でやってくる。充分な人数がいるのだ。

清拭と着替えを終えてさっぱりした後に医師がやってきて、術創を触診。ガーゼの上から。腫れた腹を指先で何度か押してから「You can drink water, a little」と言い残してさっさと行ってしまう。

術後の処置

このときはじめて、ぼくは手術部位を見た。厚手のガーゼを当てて、透明の粘着シートで覆ってある。腹に巻いてあるゴム紐とそこから出ているフックは生理用ナプキンを固定するためのもの。
医療用なのかタイの標準的なものなのかは知らないが、このとき使っていたナプキンは、日本の「夜用」くらいの大きさと厚さのものの両端に輪っかになった紐が付いていて、その輪っかを身体の前後にあるフックに引っ掛けて固定する、という着け方をするものだった。
子宮がなくなったので生理にはならないが、切った後の「残りもの」(血や組織)が膣口から排出されることがあるのでナプキンを着けている。下着に貼り付けるのとは違って押しつけられる感じも身体から離れたりずれたりの心配もなくて、快適だった。

医師と一緒に来ていた看護師が早速ミネラルウォーターを開けて飲ませてくれた。身体を動かせないから、コップを口許まで持ってきてくれる。
コップには「曲がるストロー」が立っている。横臥姿勢では飲みづらいからストローを使っているのだと思っていたのだが、そうではないようだ。どうもタイではコップなどの器に直接口を付けるということをしない習慣らしい。コンビニエンスストアでペットボトルの飲みものを買ってもストローが付いてくる。ストロー付きの飲みものを買ってもストローが付いてくる。割り箸はくれないがとにかくストローは沢山くれる。

回診の直ぐ後くらいに、別の看護師がやってきてビニール袋を見せてくれた。口をしばってあって、アルコールだか水だか判らないが透明の液体が入っていて、血色のいい内臓が浸かっている。
「これ、あなたの」
摘出した子宮と卵巣を見せてくれている訳である。わしの子宮は金魚すくいの金魚かい。そう関西弁でツッコミを入れたかったが、実際にそれができるほど元気ではなかった。
写真を撮っておきたかった。自分の内臓を眼にする機会など滅多にない。しかし「写真を撮りたい」と咄嗟に言うことができず、このときに限って携帯電話が手に届く場所になかった。残念窮まりない。

この日は1日中短い周期で微睡んだり目覚めたりを繰り返していた。浅い眠りのときによく溝に足を突っ込んでしまったような、衝撃というか痙攣というか、そんなものに襲われることがあるが、それが眠るたびにあった。それ自体は何ら怖いことはないのだが、身体がびくんと動くたびに腹筋が力むのだ。それが怖い。
普通に生活していると気付きもしない腹筋の動きが致命的にも思える。「何気なく身体を動かす」ことができる健康とは如何に有難いものかを思い知る。

午後にはバンコク滞在中のA社社長S氏が、ガイドのM氏とともに病室を訪問してくれる。S氏はたびたびバンコクを訪れ、そのたびに入院している顧客を見舞っていて、多くの例を知っている。入院2日めのぼくを見て「2日めにしては顔色がよい。とても元気だ」と言った。
確かに術創の痛みもほとんどなく、じっとしているだけなら何もつらくはない。

しかしS氏たちが退室した後、陽が傾きはじめる夕方辺りから下腹部が張るような鈍い痛みを感じはじめる。傷の痛みとは違う痛みだ。腹の奥がふくれて張り詰めていて、それが鈍い疼痛に繋がっている。傷よりも低い位置だ。これは丁度、限界まで排尿を我慢したときの感覚にそっくりだ。しかし、手術当日から尿道にはチューブが通されていて、小便がたまることはないはずである。
気のせいかもしれない。暫くはそう思って気付かない振りをしてみた。だが次第に我慢が効かなくなってくる。取り返しがつかなくなる前に看護師に訴えた方がよい。ぼくは何とか拙い英語で伝えようと、様子を見に来てくれた看護師に話し掛けた。

だが、なかなか伝わらない。こんな複雑な内容を咄嗟に英語で言えるくらいなら、ぼくはいま頃通訳の仕事でもしていたはずだと思う。ぼくも困ったが看護師もとても困った顔をしていて、気の毒になってくる。
こういうときのために、A社は予めガイド氏の携帯電話番号を教えてくれている。ぼくは看護師に電話を掛けてくれるように頼んだ。繋がったところで受話器を貰いM氏に日本語で症状を訴えて、それをM氏から看護師にタイ語で伝えて貰う。それに対する回答をM氏に聞いて貰い、電話越しに日本語で教えて貰う。何て面倒な。言葉が通じないとこういう困ったことになる。

M氏を通して聞いた看護師からの回答は次の通り。
チューブを通しているから尿がたまって膀胱が張ることはないはずだ。内臓を切除したためにできた空洞に腸が移動してよく動くので、そのためにガスがたまることがある。腹の張りはそのせいだろう。それを解消するためには同じ姿勢でじっとしているよりは寝返りを打つように。
……違う。違うぞ。これは屁がたまっている感覚じゃないぞ。そうは思ったが一ト通りの回答を伝えて直ぐにM氏は電話を切ってしまったし、看護師も病室を出て行ってしまった。仕方がない。少々怖いが言われた通り寝返りを打ってみようと、のろのろと身体の向きを変えようと動き出した。のろのろだから時間が掛かる。やっと身体の半分をベッドから浮かせたところで、先刻訴えた看護師が再びやってきた。直ぐに排尿チューブを確認してくれる。

被っていたタオルケットをはいで見てみたところ、排尿チューブが折れ曲がって尿が滞っていた。折れた部分を看護師が伸ばすと、その途端に張った腹の苦しさがすうっと抜けて一遍に楽になる。それがとにかくうれしくて伝えたくて、ぼくは看護師に向かって「relax!」を繰り返した。いや、別に「お前、緩めよ」と言っていた訳ではないのだけど。

痛み止めの点滴はして貰っているけれど、それでも解消されない痛みも起こり得るのだという見本のようなできごとだった。言いたいことを言いたいように言えずに伝えられない苦痛もこの辺りから感じはじめる。

 

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