おっかなびっくりの第1日 [2005年9月9日(金)]

ぴっしりとしたシーツが張られたダブルベッドで6時間眠って、眼が覚めた。シーツの肌ざわりが心地よく、ちょっとぐずぐずしていようと思う。とても贅沢な気分だ。
部屋のカードキーと一緒に、朝食チケットを貰っている。0600時〜1000時の間ならいつでもホテルのキッチン(小規模なレストラン)で朝食を摂れる。1000時まではまだだいぶ時間がある。慌てなくていい。そうは思ってもぼくは長々とベッドにとどまっていることができずに、チケットを持ってロビーに降りた。

ホテルのキッチンは別棟にある。玄関に立っているガードマンにチケットを見せて何処に行けばよいのか訊ねると、愛想のよい笑顔で敷地内のキッチンまで連れて行ってくれた。
客商売なのだから愛想がよくて当たり前だと思ってはいけない。客相手ならいつでもにっこり慇懃というのは日本人だけだ。それを思えば、このガードマン氏はとてもいい人なのだ。

キッチンの入口でホテルの制服を着けた男性にチケットを見せると席に案内してくれて、椅子も引いてくれる。「Coffee or tea ?」と訊かれたので「Coffee」と答える。温かいコーヒーが運ばれてくる。飲み放題。ほしければ何杯でも飲んでいい……らしい。ぼくはおかわりをしたことはない。
ぐるりと見まわしてみると、どうやらバイキング形式のようだ。しかし日本とは勝手が違うような気がして別のホテルマンを捕まえて訊いた。
「Can I take these ?」
「Yes, and order this」
自分が食べたいものを食べたいだけ自分で取っていいとのこと。「this」と指差された先には料理人がひとり待機していて、彼に卵焼きを注文することができる。「order」は品物ではなく焼き方を言う。スクランブルドかオムレットかサイドアップ(目玉焼き)か。サイドアップを御願いして、一ト通りメニューを漁る。

この朝食が、劇的に、もう一度言う、劇的に、旨い。

ビバ旨い食事!

何の変哲もないアメリカンモーニング。日本のビジネスホテルでも食べられるものばかりだ。しかし唸るほど旨かった。あんまり旨かったから写真に撮った。特にベーコンが美味で、ぼくは皿に山盛り2杯も喰った。「肉を喰っている」実感が快感ですらあった。
パンとベーコンとフライドポテト、それから目玉焼き。

懐かしくさえある目玉焼き

何だかしっとりしている感じの目玉焼きだが、焼き加減が丁度よろしい。とろりと半熟、でも流れ出さない。流石料理人。
ぼくはがっついて腹一杯に喰った。ナイフとフォークが焦れったかったけれどがつがつ喰った。

先程も述べたように、特別なものはこのキッチンにはない。これほど旨いと感じたのは、やはり病院食のせいなのだ。後にガイドのM氏から聞いた話によると、日本から手術のためにヤンヒー病院に入院した者はみな食事が摂れなくなって痩せて帰国するらしい。「病院の食事は不味いよ」ときっぱり言っていた。ぼくも帰国してから計量してみたら、渡航前と比べて3kg落ちていた。
ありふれたメニューで毎日同じものが並んでいるから、1週間後にはぼくもこの朝食には飽きてしまった。でも毎日欠かさずここで朝食を摂った。

旨いものを喰うと気持ちが落ち着くだけでなく、元気が出てくる。病院にいるときは「退院したらホテルにこもっていよう」と考えていたけれど、朝食を終えて部屋に戻ったぼくは帰国までにいろいろな場所に行ってみたくなり、持参したバンコク市内のガイドブックの頁を繰った。まだ速くは歩けないけれど、ゆっくりなら長時間でも歩けそうだ。
しかし、まだ地理が判らない。地図上の何処にホテルがあるのかも、このときのぼくは判ってはいなかった。取り敢えず実際に歩きながら、ホテルの場所と周辺に何があるのかを地図の上に確かめることにする。
朝のワイドショーのようなTV番組を見てから、ぼくは出掛けた。3日後の通院日を除けば帰国までの間は何をしてもいい自由時間だ。少しずつ動きまわろう。

ホテルを出て直ぐの道、ソイ・サラデーン1通りを東へ向かう。舗道をゆっくり、ゆっくりと歩いた。舗道のブロックがところどころ崩れていて、その段差が腹の術創に響く。車道と歩道との段差も日本よりも高くて、よいしょと足を上げなければならない。その足を上げる動作が腹筋を力ませるので、まだ少し怖い。だからゆっくり進む。
道沿いには屋台が点在している。主に食べもの。御菓子を売っている人も、総菜を売っている人もいる。どれも旨そうだ。もう少し身体が回復したら試してみようと思う。

日本車ばかりのタイの道路

走っている自動車は軒並み日本車。そうでもなければ日本でも見掛ける高級外車。二輪車も日本製がほとんど。街並みも細かい部分を見なければ日本と変わらない。掲げられている看板や表札に書かれた文字がタイ文字というだけだ。
タイ文字はハングルに似た使われ方をするらしい。表音文字で、日本で言えば平仮名のようなもの。でもぼくにはどうしても文字には見えない……唐草模様みたいだ。
耳に聞こえる音は中国語に似ている。タイ語にもやはり中国語と同じく「四声」があって、同じ音の言葉でも声の高さや抑揚で意味が変わるとのこと。
ぼくがバンコク滞在中に憶えたタイ語は「サワッディーカップ」(挨拶。おはようからこんばんはまで汎用性が高い)と「コップクンカップ」(有難う)だけだ。よく言って貰ったから。後ろにくっついている「カップ」は男性が丁寧さを表すときにつける接尾語(「ございます」みたいなもの?)。女性は「カー」をつけるが、発音するのを聞いてみると「カップ」も「カー」もたいして差はない。

ルンピニー公園向かいのセブンイレブン

上の写真はホテルに一番近いセブンイレブン。入口の前にカイヤーン(鶏のあぶり焼き)の屋台とトート(薩摩揚げみたいな揚げもの)の屋台が並んでいる。この2軒の屋台は若い御夫婦が営んでいる。
バンコク市内には鬼のように沢山のセブンイレブンがある。コンビニエンスストアと言えばセブンイレブンで、大通りの両側に向かい合って2軒のセブンイレブンが建っているところさえある。ときどき思い出したようにファミリーマートも見掛けられる。
セブンイレブンまで歩くとソイ・サラデーン1通りはラーマ4世通りと交わる。ラーマ4世通りは幹線道路。セブンイレブンの向かい側にルンピニー公園という、皇居くらいの広さはあるのではないかと思われる大きな公園がある。

タイは熱帯なので暑いと思われているが、ぼくが滞在した9月上旬はそれほど暑くはなかった。平均気温は31度。気温は高いが湿度が低く、同じ気温でも日本のように身体に重い暑さは感じられない。暑いから汗はかくが身体の内側にこもるような暑さはなく、風が乾いていてさわやかだから日向に長時間いるようなことがなければ、倒れそうになることもなさそうだ。ぼくは大丈夫だった。
ラーマ4世通りを1kmほど西に向いて歩くとシーロム駅に着く。シーロムは地下鉄の駅。シーロム駅の前には大きな交差点がある。その交差点を南西に向かうとそこがシーロム通り。この通りはサラデーン駅というBTS(高架鉄道。別名スカイトレイン)の駅もある繁華街で、デパートやファストフード店、マッサージ店、インターネットカフェなどなどの店が並んでいる。

ゆるゆると歩いて1時間。昨日まで寝込んでいた身体は流石に疲れた。シーロム通りのインターネットカフェに入って少し休む。

「出る」らしい

こんな看板を出しているインターネットカフェもある。シーロム通りは観光客も沢山来る場所なのでは何箇国語かが書かれている。「日本語が出ます」とは「日本語表示ができます」という意味……だと思う。「ハトが出ますよ」みたいだ。残念ながらこの看板の店には入らなかった。「階段を昇れ」と書かれているけれど、そこは廃墟のようなビルで暗くてぼろぼろで怖かったから。
路上から店内が窺える店を択んで入った。便宜上「インターネットカフェ」と言っているが、実際は「レンタルパソコンブース」という感じ。飲みものや食べものは注文しても出てこない。ほんとうにパソコンを使わせて貰うだけ。

タイ文字キイボード

自分のサイトの掲示板に退院した旨を書き込む。インターネットカフェのパソコンは日本語の表示はできるが日本語変換装置までは流石に搭載されていないので、書き込みやメールの送信は英語かローマ字で。
上の写真はタイのキイボード。当たり前だが平仮名はなくてタイ文字が書かれている。「@」が数字の「2」のキイにあったり、「’」が「1」のキイにあったり、JISキイボードとは細かいところで異なっている。

これだけで疲れてしまったので、同じ道を辿ってホテルに帰る。でこぼこした舗道をひやひやしながらそっとゆっくり歩いて、セブンイレブンに立ち寄って食事を仕入れる。昨日立ち寄ったのも同じ店で、この辺りの匂いにむせそうだったのだが、今日は平気。屋台のカイヤーンも旨そうに見える。早速買ってみる。
鶏のいわゆる「サイ」の部分を骨ごとタイ独特の香辛料であぶり焼きにしてある。買うとその場で骨ごと一ト口大にぶった切ってくれる。大きい塊で焼いてあるから外側はカリッとしていて中身はふっくらしている。玉ねぎと大蒜をカリカリに炒めたものをトッピングして紙で包んでくれる。36バーツ。

旨いぞカイヤーン

濃い味がついているから酒や飯と一緒に喰うと旨いのだと思う。独特の匂いと味の香辛料だけれど、この匂いと味は日本でも充分に受け容れられると思った。肉の塊を喰うと元気になったような気になれる。
鶏の骨は折れたり切ったりすると鋭く尖るので、カイヤーンを食べるときは口の中を傷つけないように注意。
ホテルに帰って真っ先にこれを喰って、これだけで満腹になる。朝食を沢山食べ過ぎただろうか。

一服してから、退院際に貰ったヤンヒー病院のアンケートに回答することにする。ヤンヒー病院で手術を受けてどんな感想を持ったか、というやつ。看護師に話を聞いて貰えなくなって不安を募らせ最後には発作を起こし掛けるところまで追い詰められたぼくは、それを切々と訴えてみようと思った。日本語で書くなら、大抵のことはずばり伝えきってみせる。
3時間ほど掛かって下書きして、2時間ほど清書に掛けて、書き上げた。書くだけ書いたら、気が済んでしまった。
日本語で書くことは、ほんとうにとても愉しい。思うことを思うさま書ききったので不満も解消されてしまう。アンケート用紙に細かい字でびっしりと書いたけれど、病院側に渡さなくてもいいや、という気になった。

着ているものを洗濯して、風呂に入って、ニュースを見て。よい1日だったと思う。

 

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