入院第1日(手術) [2009年2月10日(火)]

T社事務所で充分に休ませて頂いて、午前9時出発。手術を受ける場合は絶食が必要なので朝食は摂りません。行き先は勿論ヤンヒー病院です。T社の自動車で、Y氏の運転で連れて行って貰います。
ヤンヒー病院はとても大きな病院で、いつも混雑しています。その混雑の隙を縫って受付カウンタの看護師を捕まえ受診の手続きを進めるのは、とても持病でくらくらしていて外国の言葉をまともに話せない私にはとてもできることではありません。現地の言葉を話せて病院の事情をよく判っているアテンダンス業者を利用してよかったと思う場面の一つです。

受付近辺で身長・体重・血圧など測定し、日本から持参した健康診断書を確認して貰います。このとき、ヤンヒー病院の診察券の提示を求められ、この病院で手術を受けたことがある私は当然それを持っているはずなのですが、前回来タイ時に診察券を受け取った記憶がありません。
その旨をY氏に告げると「そうやってわざと渡さないということをするアテンダンス業者もいるので困りものだ」と言って、再発行の手続きを取ってくれました。診察券番号も控えたので、これで次回受診時も安心です。
手続きが一ト通り終わってしまうと、 いよいよ執刀医のスキット医師の診察室に入ります。私が今回受けるのは、膣閉鎖・尿道延長術と、陰茎形成術準備のための前腕皮弁形成です。

 

机と椅子と戸棚があるだけの小さな部屋にスキット医師はおられて、机を挟んで向かい側にガイドのY氏と私はすわりました。
「利き腕はどちらか?」という質問の後に利き腕ではない方の腕(私の場合は左腕)を取り、おもむろに定規を当ててマジックで線を書きます。
マジックで書いた線の通りに穴を開けて皮弁をつくるようです。
腕に書かれている 「15」というのは穴の長さで、単位はセンチメートルです。


カウンセリングは勿論、腕の皮弁形成術のことだけではなく、 膣閉鎖・尿道延長術に関しても幾らかの質問があります。また、煙草や酒をきちんと断っているかは厳重に問われます。スキット医師は気難しいところがある人で、煙草や酒をやめていないと聞くとその場で「手術はしない、帰れ」というようなことを言うこともあるらしいです。
ここでスキット医師のOKが出れば同じ日の午後に手術がはじまります。


手術が決定したら、先に治療入院費の支払いを行います。会計課へ出向き、当日のレートで支払いです。現金だとドルでもバーツでも円でも支払いは可能です。私は今回はクレジットカードで支払いました。膣閉鎖と尿道延長術が2800米ドル、陰茎形成準備術が1700米ドル、オプションのペインフリー(術後の鎮痛剤)が80米ドルの合計4580米ドルの支払いです。
これは基本料金で、たとえば入院中に風邪をひいて風邪薬を処方して貰ったりすると、その風邪薬代は退院時に請求されます。

 

支払いが済むと病室に案内されます。私が今回入院することになった部屋は10階の1013号室です。
ネームプレートが「Miss」表示になっていますが、これは前回入院したときがまだ「Miss」だったので、病院側が混乱していたようです。基本的にはパスポートの性別表記に準じるそうです。
タイではファーストネーム優先で、名字で呼ばれることはまったくと言っていいほどありません。タイ語には擦過音がないらしく、私の本名の「センヨシ」はタイの人には発音が少し難しかったらしいです。

 

 

入室した時点で正午近くで、荷物を片付けたら直ぐに入院着に着替えて横になるようにとの指示がありました。
着替えると直ぐに看護師が複数やってきて、早速腸内洗浄と剃毛がはじまります。
腸内洗浄は1リットルほどの生理食塩水を肛門から腸内に注入して暫し待ち、腸内の老廃物とともに水を排出します。水が腸に入ってくると腹が張って段々冷たくなるのが奇妙な感じでした。
剃毛は電気剃刀で。尻の方まで丁寧に剃ります。

 

この日の日程は何だか慌ただしく、剃毛が終わって間もなくストレッチャーがやってきて、そちらに移るように指示されました。ストレッチャーに乗ったら手術室に直行です。確か、このときが午後2時。
別の階の手術室までストレッチャーに乗せられて移動します。ガイドのY氏の付き添いも今日はここまで。エレベータで別れて私は手術室へ。

手術室の手前、待機室で暫く待ちました。その間に麻酔医から簡単な問診がありました。名前、昨夜の食事の時間、今朝は食事をしたか否かなど。数十分待った後、ストレッチャーごと手術室に入ります。
手術室に入ったら、ストレッチャーから手術台に自力で移るように指示されます。手術台に寝ると入院着の前がはだけられて、心電図の電極が付けられていきます。手術室は冷房が効いていて、少し寒かったです。
腕は両側に伸ばし、十字架にかけられたようなポーズになります。幾人もの手術着姿の看護師が手術準備に動きまわっていて、ようやく私は自分が手術を受けるのだという実感を覚えました。

酸素マスクが顔の前に差し出されました。これが麻酔なのだなと思いながら私はマスクの中で呼吸しました。しかし呼吸が浅かったらしく、看護師が私に言いました。
「シンコキュウ!」
日本語でした。言われた通りに何度か深呼吸すると、私の意識はなくなっていました。

手術待機室で私は名を呼んで起こされました。前回の子宮卵巣摘出術のときも術後に同じように起こされたのですが、そのときは随分すっきりと目覚めたものです。しかし今回は起こされて意識は戻ったもののまだやたらと眠く、そして喉がひどくいがらっぽくて不快でした。
半眠りの私に、麻酔医や看護師が幾つか質問をしたような気もします。しかし私は眠気が覚めずまだうとうとしていたので、病室に戻って暫く経つ頃まではっきりとした記憶がありません。病室まではストレッチャーで運んでくれます。病室に戻ったときの時計は午後8時を差していました。



麻酔から覚めたばかりの私の身体はずっしりと重く、両腕が自由ではありませんでした。利き腕である右手には点滴の針が打たれ、しっかりと固定されました。針が入るときに痛みが強かったので、この後血管痛に悩まされるのではないかと不安になりましたが、それは杞憂でした。
手首に巻かれているのはタグです。 自分からではなく他者から見て読み取れるように名前や割り当ての病室番号や年令が書かれています。このタグはきちんとパスポート通りに「Mr.」に なっています。 病院にいる間はこのタグはつけっ放しで、このタグで識別されます。鋏で切らないと外れなくなっていて、退院時に看護師が切ってくれます。




点滴の針には3種類の液体が通っています。一つは生理食塩水。もう一つは抗生物質、もう一つが左の写真の機械から供給されているペインフリーと呼ばれる鎮痛剤です。
生理食塩水は1日に1本、抗生物質は1日に3本程度のペースで点滴されます。ペインフリーは機械制御で適当量が体内にはいるようになっていて、それでも術創の痛みがひどいときは自分でスイッチを操作して鎮痛剤を増量できます。




左腕は陰茎形成術に使用する皮弁をつくる手術を受けています。手首から肘までが包帯でぐるぐるに巻かれていて、腫れと鈍い痛みもあって、自由には動かせません。腕の下に看護師が枕を敷いてくれて、そうすると楽な姿勢が取れるようになります。
腕の枕だけでなく、ベッドの背の角度や足の仰角を最も患者が楽にいられるように整えてくれたり、直ぐに使いそうな私物(手帳や携帯電話など)をベッドの手許に置いてくれたり、こちらが何も言わなくても看護師たちはしてくれます。

 

腕だけでなく、股間にも管が2本、繋がっています。1本は導尿カテーテルで、1本は術創から血を抜くドレーンです。管に繋がれ、両腕は動かず、だからたいしたことができませんが、私はとにかく眠気がずっと続いていて、途切れ途切れの眠りを何度も繋いで夜を明かしました。


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